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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7020号 判決

原告 株式会社不二越本社

右代表者代表取締役 角田克久

右訴訟代理人弁護士 永山忠彦

同 有賀正明

同 大塚尚宏

同 金丸精孝

被告 株式会社四季本社

右代表者代表取締役職務代行者 土屋東一

被告補助参加人 角田一郎

被告補助参加人 大塚清壽

右二名訴訟代理人弁護士 高橋秀忠

同 塩川哲穂

主文

一、被告の昭和六一年八月一八日開催の株主総会における角田一郎、大塚清壽、斉藤勲を取締役に、山口晃を監査役に、それぞれ選任する旨の決議が存在しないことを確認する。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同趣旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 被告は、昭和五〇年七月一八日に設立された発行済株式の総数二万株(以下「本件株式」という。)の株式会社である。

2. 被告補助参加人角田一郎(以下「補助参加人一郎」という。)は、本件株式を有していた。

3. 原告は、昭和五八年九月二八日、補助参加人一郎から本件株式を買い受けた。

4. 被告は、昭和六一年八月一八日開催の株主総会において補助参加人一郎、被告補助参加人大塚清壽(以下「補助参加人大塚」という。)、斉藤勲を取締役に、山口晃を監査役に、選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)をしたとして、その旨の登記を経ている。

5. しかし、原告は、右株主総会において、株主として本件決議を行ったことはない。

6. よって、原告は、被告の株主として、本件決議が存在しないことの確認を求める。

二、請求の原因に対する認否(被告及び被告補助参加人ら)

1. 第1項及び第2項の事実は、いずれも認める。

2. 第3項の事実は、否認する。

3. 第4項及び第5項の事実は、認める。

4. 第6項は、争う。

三、抗弁(被告及び被告補助参加人ら)

被告の定款には、原告が本件株式の譲渡を受けたと主張する時点以前から、被告の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨規定されている。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は、認める。

五、再抗弁(被告及び被告補助参加人ら)

補助参加人一郎は、昭和五八年九月二八日開催の被告の取締役会において、本件株式の原告への譲渡につき承認を得た。

六、再抗弁に対する認否

再抗弁事実は、否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求の原因第1項及び第2項の事実は、当事者間に争いがない。

二、次に、〈証拠〉を総合すると、請求の原因第3項の事実を認めることができる。

もっとも〈証拠〉によると、補助参加人一郎(明治四三年四月一三日生まれ)は、昭和四八年ころから躁鬱病の症状を呈するようになってその治療を受けていたが、昭和五八年六月になって、急速に言語障害、歩行困難の症状が生じ、また、おむつをしなければならない状態になり、「脳梗塞・パーキンソン症候群」と診断されて、同年七月一二日から同年九月八日まで入院治療を受けたこと、退院後は、自宅において療養を継続していたこと(退院後は、軽い鬱状態にあった。)を認めることができ、この事実からすると、本件株式の売買がされたとされる昭和五九年九月二八日ころの補助参加人一郎の精神状態については疑問があるというべきである。しかしながら、証人大塚清壽の証言によると、補助参加人一郎は、退院のころ、「一人でトイレに行けないのが死ぬよりも辛い。一人でトイレに行けるようになり、やっと人間に戻った。」という趣旨の正常な会話をしていたことが認められるので、本件売買の時点において補助参加人一郎が正常な判断能力を全く失っていたとすることはできない(甲第一〇・第一一号証によると、当時、補助参加人一郎は軽い鬱状態にあって、躁状態の時に株式取引により莫大な損害を生じさせたことを悔いていたこと、したがって、判断能力としては、むしろ、躁状態の時よりも良好な状態にあったことが認められる。)。

なお、補助参加人一郎は本件売買に関する甲第四号証(被告の取締役会議事録)及び甲第五号証(原告の取締役会議事録)の作成者とはなっておらず、また、甲第一一号証、証人岩川俊次郎・同大塚清壽の各証言、原告代表者の尋問の結果によると、補助参加人一郎作成名義の有価証券取引書(甲第六号証)は、税理士岩川俊次郎が原告代表者である角田克久(補助参加人一郎の三男、以下「克久」という。)の求めにより作成したものであり、そこに押捺されている印鑑は克久が補助参加人一郎から預かり保管していたものであること、本件株式の売買代金として金一三二四万円が振り込まれた補助参加人一郎の預金口座については、その通帳及び印鑑を克久が保管しており、補助参加人一郎は昭和五九年七月になってその返還を受けたことが認められるので、補助参加人一郎が本件株式の原告への売渡しを承諾したことに関する直接の証拠としては、原告代表者(克久)の供述及びこれに副う篠原貞雄作成の報告書(甲第一〇号証)があるに過ぎない。しかしながら、〈証拠〉を総合すると、原告は補助参加人一郎が設立した株式会社であり、昭和五八年九月当時、その株式の過半数は同人が保有し、かつ、同人が代表取締役となっていたこと、被告も補助参加人一郎が設立した株式会社であり、昭和五八年九月当時、その全株式を同人が保有しており、実質的には、被告は原告のホテル部門という関係にあったこと、以上の事実が認められるので、補助参加人一郎から原告への本件株式の譲渡は、補助参加人一郎にとっては、単なる名義のみの変更に過ぎない状況にあったことになるから、株式投資の結果生じた自己の原告に対する債務を整理するためにこれを原告に売却することを補助参加人一郎や克久が余り重視せず、その結果、売買を証するために補助参加人一郎の署名・捺印のある売買契約書を作成しなかったとしても、これを特に不自然であるということはできない(証人大塚清壽の証言によると、被告の代表取締役であった補助参加人大塚は、本件売買がなされたとされるころ、克久から他の役員の在席する場で原告において本件株式を譲り受けることになった旨告げられて、これに特に異議を述べなかったことが認められるのであって、そのことは、客観情勢として、本件売買が不自然なものでなかったことを示している。もっとも、補助参加人大塚において、補助参加人一郎が事前に何らの相談をしなかったことについて疑問を抱くのは当然であるが、右証言によると、当時、克久と補助参加人大塚との間で被告の経営方針をめぐり意見の対立があったことが認められるので、克久が補助参加人大塚を遠ざけて、関与させなかったことも充分に考えられるところであるから、この点も、本件株式の売買の有無との関係では、特に問題とはならない。また、当時の事情としては、克久において補助参加人一郎の死亡を予期し、その死亡前に本件株式を自己が代表取締役である原告に譲渡させておこうとしたことも充分に考えられるところであるが、克久が補助参加人一郎に無断で、敢えてそのような処置をとらなければならないような客観情勢があったとすべき証拠はない〔甲第一〇・第一一号証によると、補助参加人一郎は、退院後も、克久を自己の後継者とみなしてすべてを任せていたこと、昭和五八年一二月には、自己の有する原告株式の全部を後妻巴、巴との間の子である克久及び邦子に遺贈する旨の公正証書を作成したことが認められ、この点からすると、補助参加人一郎は、退院後は、むしろ、原則として、克久の意に副って行動する状態にあったというべきであろう。〕。)。

付言するに、原告代表者の供述中には、「岩川俊次郎に対しても、補助参加人一郎が直接本件株式譲渡について話をした」との趣旨の部分(証人岩川俊次郎は、補助参加人一郎から直接本件株式の譲渡を聞いたとの点を否定する証言をしている〔もっとも、証人岩川俊次郎の証言態度からは、証人として尋問されることに対する強い反発が感じられ、甲第六号証という自己の関与を否定できない書証がある点については、仕方なく、証言をするが、その他の点についてはできるだけ無関係でいたいという気持ちが読みとれるので、原告代表者の供述を完全に否定するだけの信憑性はない。〕)や「甲第六号証には、自分が押印したか補助参加人一郎が押印したか分からない」との趣旨の部分(甲第六号証に押捺された印鑑は原告代表者が保管していたものであるから、これを一時的にせよ補助参加人角田に返還して、同号証に押捺させれば当然記憶しているはずである。)のように、信憑性に乏しい部分があるが、全体的にこれを見れば、なお、採用に値する。

三、そこで、すすんで、抗弁につき判断するに、抗弁事実は、当事者間に争いはなく、再抗弁事実は、これを認めるに足りる証拠はない。しかし、株式譲渡制限の制度は、株主の個性や持株数が問題となる閉鎖的会社について、譲渡株主以外の株主の利益を保護するために設けられた制度であるところ、本件のように、いわゆる一人株主がその保有する株式すべてを他に譲渡し、一人株主の交替が生ずるに過ぎないような場合には、他の株主の利益保護が問題となる余地はないから、取締役会の承認がない場合であっても、その譲渡は有効と解するのが相当である。

もっとも、株式の移転は、名義書換えを受けなければ会社に対抗できないが、本件においては、被告の代表取締役である補助参加人大塚において本件株式の譲渡を知らされてこれに異議を述べなかったことが認められるから(丙第四・第五・第一四号証、証人大塚清壽の証言による。)、被告において、原告が株主となることを承認したものと認められる。

四、請求の原因第4項及び第5項の事実は、当事者間に争いがない。

五、よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治)

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